妹。

 妹は僕の一つ下なので今年は高校受験がある、だけどどうやら雲行きが怪しい。というより、もう救いようがない、らしい。妹は、根は真面目で中二の頃までバレーやバスケをやっていて、運動神経も抜群だった。だから運動といえば妹という感じで、運動会の徒競走なんかでもいつも一位を取っていた。スポーツはできるし、頭も良い、自分の妹だからってわけじゃないけどそれなりにモテていたし、おまけに妹の人柄のおかげか人望も厚かった。今になって思えば、僕にとって、いや、家族全員の自慢だったと思う。そして、それに見合うだけの努力を妹はしていた。


 でも、それはいつまでも続くことはなかった。バレーから転向して入ったバスケ部は、学校の部活の中でも野球部を上回るほどの厳しさだった。ただそれでも妹は負けなかった。毎日真っ暗になるまで練習して帰ってきても、笑いながら疲れたというだけで弱音を吐かなかった。僕も野球部に入っていたからその苦しさはわかるし、だからこそ妹の強さを誰よりも知っている、と今でも思っている。


 事が急転したのは、バスケ部の厳しさに慣れてきた中二の夏の頃だった。突然のことだったから僕もあまり覚えてないけれど、妹が、バスケ部を辞めたいと言いだした。当然母は驚いた。あれだけつらい練習にも耐えてきて、やっとの思いで掴んだレギュラーとしてこれから頑張る寸前の話だったから。妹に事情をきけば、その原因は哀しくもいじめにあった。同じバスケ部に所属する双子の女子によるいやがらせ。それは必死に頑張っていた妹に向けられた、なんとも非情で、残忍な二人がかりでのいじめだった。母もそれだけは許せなかった。すぐに部活の顧問を呼び出した。そしてその事実を話した。それからまもなくして、顧問がその双子を呼び、妹に謝らせた。一週間ほどの部活動停止などの措置も取った。決して許すことはできないけれど、これからまた頑張っていこう、つらいけど、乗り越えていこう、そう妹と母は約束した。しかし、いじめはなくならなかった。


 ほどなくして妹は正式にバスケ部を辞めた。今までスポーツを中心として生きてきたような妹だったから、それを失った、それからの妹の崩れようは見るも無惨だった。バスケ部があまりにも厳しかったこともあるだろうけど、それでもその異常なほどのリバウンド(はね返り)には誰もが目を疑った。これまで遊べなかった分を取り戻すかの如く、妹は毎日遊び回るようになった。夜遅くまで遊び、髪は染め、学校はサボり、誰の話もきかず、しまいにはタバコを吸おうかというところまで、きてしまっている。今は少し落ち着いているけれど、辞めてからの数ヶ月は凄まじいほどに妹は荒れていた。誰も止めることはできなかった。正直、以前の姿を想像することはできない。いやできたとしても、それはただつらいだけだ。これが妹の過去、変化、そしてこれからへの危惧。


 話は冒頭に戻るけど、もう本当は怪しいどころか、受からないってわかってる。みんなが普通なら行くはずの高校には。妹が行くはずだった高校には。絶対的な内申不足で。だから最近では、市外の誰でも行けるような、要するに不良の集まる私立高校にでも行かそうかなんて話まで出てる。確かに、今の妹ではその程度の高校しか入れない。でも、それってなんか違う。妹に必要なのはそういうことじゃない。母さんたちは正直ふざけてると思う。もちろん妹のことを本気で心配しているのはわかってるけど、今の考え方では絶対に妹は救われない。むしろもう這い上がれなくなる。本気でそう思う。考えてみてよ。不良の集まる高校なんて行ったらそれに引き込まれるのは間違いなく目に見えてる。そうなれば完全に終わる。でも今ならまだ間に合う。「いくら言ってもきいてくれないから」なんて母さんたちは言ってるけれど、本気でそれを信じてるのかって。もうだめだと思ったら見捨てるのかって。今ならまだやり直せるのに、諦めるのが早すぎる。今の妹は本当の姿じゃない。ただ、つらさから逃げているだけだ。救ってくれるのを待っているだけだ。救ってくれない周りに反抗しているだけだ。それをまず知って。そうじゃないと、このまま何も変えられないし、また家族を引き裂くだけだ。後悔するのは、もう僕だけでいいのに。今ならまだ、間に合うのに。


それでもなお時間は、刻々と、残酷にも進み続け、僕たちを苦しめる。